Column避難安全検証法使いこなし術

(4)告示から読み解く安全性能の未来

2023/01/24

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仕様設計に感じた疑問

 私が社会人になってはじめて設計を担当した建物は、千葉の地方都市に建つ小さなオフィスビルでした。1階はサービス店舗、234階がオフィスという構成で、上階からの階段は1階のサービス店舗内に直接繋ぎたいとの要望でした。まだ私は防災設計の知識などなかったものの、上階の在室者が避難階の火災の恐れのある居室を通じて避難して大丈夫なのかと素直な疑問を感じました。そこで建築基準法を細かく読むも特に規制はありません。会社の上司にも確認したのですが、別に問題ないとのことでした。役所に確認に行きたくても、特急電車を使わないと出向けないような遠方のため、その上司から出張許可がもらえるはずもなく、そのままの設計で確認申請を提出し、ドキドキしながら審査結果を待つことになりました。
 審査結果は意外なものでした。疑問に感じていた部分については何も言われず、指摘を受けたのは、車路として利用するピロティを通じての避難は不可ということでした。詳しく訊くと、避難経路と車路を明確に分ける必要があり、対策として、床に白線を引けばよいとのことでした。
 全く予想外の指摘に、私はびっくりしてしまいました。白線を引くことに意味があるのか、先輩に尋ねると、法律上、車路と避難経路を分離する必要があり、その境界を明確にしなければならないらしい、という説明でした。こんな対策が果たして実際の避難に役立つのだろうか。それよりも、1階サービス店舗で出火すると上階の在室者の避難が間に合わないではないか。仕様設計にはなはだ疑問を感じたのはこれがはじまりでした。

はじめての防災計画評定

 数年が経過し、私は、先輩について、地上13階地下1階、延べ14,000㎡の中型オフィスビルの設計実務を担当しました。まだ経験が浅かった私は、先輩の描いたスケッチを元に基本設計をまとめていたのですが、ある日先輩から、「この建物は31mを超えるので確認申請提出の前に防災計画評定を受ける必要がある。避難計算は外注に出すので、役所と協議して、評定の準備ととりまとめをやるように」と言われました。そのために「この本をよく読んで内容を理解し、設計に反映するように」と1冊の本を渡されました。それは「新建築防災計画指針」でした。
 最初に明らかになった問題点は階段の不足です。12階に物販店舗が入る予定で、在室者が多く、許容避難時間内に避難が完了できません。対策としては階段を増やす以外は方法がなく、2階から避難階に通じる店舗専用の階段を設置しました。建築基準法の仕様では避難上は問題があるのは明確です。
わかりづらかったのは第一次安全区画です。建築基準法には必要性は示されていませんが、避難計算上は設置しなければ滞留面積が確保できません。そもそも、滞留面積とは?滞留エリアは避難者が階段に入るまで一時的に留まる空間のことです。滞りなく階段に避難できれば不要な空間ですが、出火室の上階からの避難者も階段に入るのですぐに階段に避難できない時でも煙に曝されることなく落ち着いて階段に入る順番を待つために必要な空間です。
 この建物の設計で最も問題だったのは、避難階での階段の出口です。2つ設置されている階段の1つが避難階の出口前の店舗に通じており、入社して最初に設計した建物同様、火災室を通らないと避難できない設計になっていたのです。私は、同じ形態で過去に確認申請が通っているのだから問題ないだろうと考えていました。ところが、評定委員会では、避難階において、階段から第一次安全区画となる通路を通じ、屋外までの避難を可能にしなさいとの指摘を受けました。つまり、入社して最初の設計で疑問に感じていたことは正しかったのです。
この経験を通じて、防災計画評定は、建築基準法では網羅できない安全性について確認・指導を目的とされていることが十分に理解できたのです。

避難時間判定法(ルートB1)の理想と現実

 2000年に避難安全検証法(避難時間判定法ルートB1)が施行されました。避難安全検証法は防災評定に代わるものとされ、一部の自治体を除き防災計画評定は不要となりました。
避難安全検証法は告示で定める検証法方法に従い安全性能を確保するために、防災評定で指導される第一次安全区画を設置し、出口での滞留を評価し、煙が床から1.8mより低くなる前に避難が完了するよう設計をする必要があります。
 ところが、防災計画を知らない設計者や検証業務代行業者は、告示に示された検証方法で計算さえ成り立てば安全性能が確保できると考えて設計を行います。最も危険な設計は、告示の検証方法の盲点を突き、第一次安全区画を設置しなくても検証計算で安全性能が確保できているように見せかける方法です。その1例が下の図です。
 廊下(1)に通ずる扉は全て「その他扉」となっています。階出口の直近に設置される廊下(2)に通ずる扉は防火設備(2)で自然排煙設備を設置します。すると、階出口が設置される室での煙降下時間と避難完了時間を比較して安全性能を評価する避難時間判定法では、居室計算の安全性能さえ確認できれば、どのような計画であっても安全性能が確認できる結果となります。しかし、実際の火災では、多くの在室者は廊下(1)で煙に撒かれ避難できないことでしょう。

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 避難時間判定法ルートB1は、設計者は防災計画の基本を理解していることを前提に作られています。しかし、多くの設計者や検証業務代行業者は、目先の利益を優先し、守られるべき国民の生命と財産を危険に曝す設計を行っていると言わざるを得ません。

大臣認定を通じた学び

 試行錯誤を重ね、ルートB1を使った防災コンサルが安定してきた頃から、大臣認定も手掛けるようになってきました。大臣認定では、避難完了時間は告示と同様の方法で求め、煙降下時間は二層ゾーンモデルを用いて検証します。ルートB1の経験から避難安全検証法の問題点十分に知っているつもりでした。
 ところが、ある物件の防災委員会で、審査委員の先生方から「計算で安全性能が確かめられただけではダメだ」と指摘を受けました。それは、大きな吹抜空間で階段が併設されており、計算上は階段部分に煙は入ることはなく十分余裕がある結果に対する指摘でした。ルートB1であれば告示の要件をみたしておりOKとなります。詳細を訊いたところ、吹抜底部で出火した際、階段及び避難経路となる部分は輻射熱で避難が困難になる可能性がある。予測計算では煙に曝されない結果であるが、煙温度は高くて吹抜内での煙の流れが予測できていないので煙に曝されると危険である。よって「吹抜階段を利用した避難は考えるべきではない」との意見でした。確かに指摘の通りだと納得しました。この物件は、たまたま各階の居室からは吹抜階段を利用しなくても避難可能なルートがあったため、検証上は吹抜階段を利用できないものとしても安全性能は確認でき、認定を取ることができました。
 ルートB1の検証方法では、計算に直接現れない問題は明らかにできません。運用に気をつけないと不安全な建物になってしまいます。

煙高さ判定法(ルートB2)に期待

 コラム(3)「避難時間判定法(ルートB1)と煙高さ判定法(ルートB2)を徹底比較」で述べたように、煙高さ判定法(ルートB2)ではルートB1の色々な問題点が解決されています。
 しかし、ルートB2を利用できる建物の計画は難しく、さらに検証作業はルートB1と比較して格段に複雑で電卓やスプレッドシート等では対応困難です。これでは、多くの設計士はルートB1を選択するでしょう。当面の間はルートB1とルートB2のどちらも利用可能とあればなおさらです。
 せっかく優秀な検証方法が示されたのに甚だもったいない限りです。今後、ルートB2が選択されるよう誘導する方策を講じることの必要性を強く感じます。
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