Column避難安全検証法使いこなし術

(14)階出口手前の前室設置がいかに危険か【ルートB1】

2023/11/01

表紙写真.jpg

 

 コラム(11)では階煙降下時間算定室について、建築基準法施行令と国土交通省告示第510号との捉え方の違いを述べました。国土交通省告示第510号は防災設計の基本は当然守られるものとして検証方法が簡略化されているのですが、その盲点をついた危険な設計が後を絶ちません。今回はさらにその危険性について、告示510号の検証方法を用いて解説します。

安全性能が確認できるように考える

 以下に示す計画で階避難安全検証法を用いて無排煙にすることを検討します。
 まずは、現計画のままで検証して問題点を探ります。

現設計.jpg

居室避難安全検証結果(単位:分)

室名称 避難開始時間 歩行時間 出口通過時間 避難完了時間 煙降下時間 判 定
会議室 0.2982 0.1988 0.1482 0.6452 0.6663 OK
社員食堂 0.2982 0.1347 0.2766 0.7095 0.7204 OK
休憩室 0.2109 0.0957 0.0474 0.3540 0.3719 OK


階避難安全検証結果(単位:分)

避難開始時間 歩行時間 出口通過時間 避難完了時間 煙降下時間 判 定
3.5583 0.5578 1.3237 5.4398
出火室 物入 0.3521 NG
休憩室 0.6521 NG
会議室 0.8065 NG
社員食堂 0.8494 NG


 居室避難安全検証結果は安全性能が確認できました。各居室で出火した場合、居室内の在館者は煙に曝されることなく廊下に避難できることを示しています。一方、階避難安全検証結果では安全性能が確認できません。原因は、各出火室から階煙降下時間算定室となる廊下への煙伝播が早く、在館者が煙に曝されてしまうからです。
 廊下での煙降下時間を延長する方法は以下の6通りが考えられます。
(1)出火室の内装を不燃として煙発生量を抑える
(2)出火室の天井高を上げて蓄煙体積を増やし、廊下へ煙が漏れ出すまでの時間を延ばす
(3)出火室に排煙設備を設置して廊下への煙伝播量を抑える
(4)廊下の天井高さを上げて蓄煙体積を増やす
(5)廊下に排煙設備を設置して煙を排出する
(6)出火室から廊下に通じる開口部を防火設備として煙の伝播量を抑える
 これらのうち煙伝播量を抑え、廊下での煙降下時間の延長に効果的なのは(6)だけです。階避難完了時間と階煙降下時間の差は5.0877分もあり、(1)(5)の方法では全てを組み合わせてもあまり効果はありません。(詳細は添付データでご確認ください)
 (6)の開口部を防火設備にする方法は、煙伝播量を効果的に抑えることが可能です。開口部が防火設備でない場合、出火室から廊下に漏れる煙量は、出火室での煙発生量の100%となり例で示した計画では最も煙発生量の大きな物入では120.822/分となります。防火設備にすると遮煙性能のない防火設備1号では2Aop(Aop:開口部の面積)、遮煙性能のある防火設備2号では0.2Aopとなります。物入の廊下に通じる開口部を防火設備1号とすると廊下に漏れる煙量は2×D5扉面積3.2/分とその他扉の場合の1/40程度に抑えることができます。そこで各火災室から廊下に通じる開口部を全て防火設備1号にして検証した結果を以下に示します。

避難開始時間 歩行時間 出口通過時間 避難完了時間 煙降下時間 判 定
3.5583 0.5578 1.3237 5.4398
出火室 社員食堂 2.8601 NG
休憩室 3.1093 NG
物入 10.5164 OK
会議室 12.0235 OK


 社員食堂と休憩室で出火した時の階煙降下時間が階避難完了時間より短く、安全性能が確認できません。原因は食堂から廊下に通じる大きな窓からの煙漏れ量が大きいからです。2通りの対策が考えられます。
(1)食堂から廊下に通じる開口部D2AW1を防火設備2号(遮煙性能有り)にして煙の漏れ量を抑える
(2)廊下に排煙設備を設置して煙を排出する
どちらの対策も有効です。ここでは防災計画の基本である避難経路に排煙設備設置を検討します。
対策後の計画図と検証結果を示します。

正しい対策.jpg居室案安全検証結果(単位:分)

室名称 避難開始時間 歩行時間 出口通過時間 避難完了時間 煙降下時間 判 定
会議室 0.2982 0.1988 0.1482 0.6452 0.6663 OK
社員食堂 0.2982 0.1347 0.2766 0.7095 0.7204 OK
休憩室 0.2109 0.0957 0.0474 0.3540 0.3719 OK


階避難安全検証結果(単位:分)

避難開始時間 歩行時間 出口通過時間 避難完了時間 煙降下時間 判 定
3.5583 0.5578 1.3237 5.4398
出火室 社員食堂 5.6662 OK
休憩室 5.9154 OK
物入 3,255.3446 OK
会議室 3,256.8517 OK


以上により、全ての安全性能が確認できました。

検証結果に納得しない建て主

 対策後の計画を見ると、防災計画で必要な対策が取られていて火災安全上優れた設計であると評価できます。ところが上記の結果を建て主に示しても、納得しないばかりか、設計上の工夫がされていないと咎められることすらあります。ローコストと設計の自由度を目的に避難安全検証法の採用を検討している建て主には、以下の理由で、不採用と判断されてしまいます。
・開口部を防火設備にすると開閉が重く使いにくい。
・防火設備の設置はコストがかかる。
・常時閉鎖式は閉塞感がある。随時閉鎖式にすると建設コストも増大するばかりかメンテナンスコストがかかる。
・排煙設備の設置は建設コストも増大するばかりかメンテナンスコストがかかる。
・避難安全検証法を採用しているにも関わらず排煙設備が必要なことに納得できない。

 設計者や外注の防災事務所は、建て主の要望に応えるためにこれらの問題の対策を検討することになります。そして、階煙降下時間の算定対象となる階出口が設置されている廊下に面して火災室が設置されていることが原因であると気付くと、以下のように階段の手前に前室を設置します。すると告示510号に示される検証方法では階煙降下時間算定室は前室になります。同時に廊下から前室に通ずる扉を防火設備2号として廊下から前室への煙伝搬量を抑えます。
対策後の計画図と検証結果を示します。

危険な対策.jpg

居室避難安全検証結果(単位:分)

室名称 避難開始時間 歩行時間 出口通過時間 避難完了時間 煙降下時間 判 定
会議室 0.2982 0.1988 0.1482 0.6452 0.6663 OK
社員食堂 0.2982 0.1347 0.2766 0.7095 0.7204 OK
休憩室 0.2109 0.0957 0.0474 0.3540 0.3719 OK


階避難安全検証結果(単位:分)

避難開始時間 歩行時間 出口通過時間 避難完了時間 煙降下時間 判 定
3.5583 0.5514 1.3237 5.4334
出火室 物入 5.6829 OK
休憩室 6.0915 OK
会議室 6.2120 OK
社員食堂 6.2399 OK


 元設計と比較すると廊下と前室の間に随時閉鎖式の防火設備2号を設置しただけで、見事に安全性能が確認できました。コストを抑えられ見た目も元設計と変わらず、これなら建て主も納得しそうです。しかし、これは果たして安全な計画といえるのでしょうか。

建築基準法施行令には以下の様に示されています。

建築基準法施行令第129条第3項一号ホ
当該階の各火災室ごとに、当該火災室において発生した火災により生じた煙又はガスが、当該階の各居室(当該火災室を除く。)及び当該居室から直通階段に通ずる主たる廊下その他の建築物の部分において避難上支障のある高さまで降下するために要する時間を、当該階の各室の用途、床面積及び天井の高さ、各室の壁及びこれに設ける開口部の構造、各室に設ける排煙設備の構造並びに各室の壁及び天井の仕上げに用いる材料の種類に応じて国土交通大臣が定める方法により計算すること。

 ところが国土交通大臣が定める方法(告示510号)では、階出口が設置された室で以外では階煙降下時間を算定する必要がありません。今回の例で示した計画では廊下で煙に曝されるか否かは問われていません。しかし、施行令では「当該居室から直通階段に通ずる主たる廊下その他の建築物の部分」としています。告示510号では検証を簡単にするために避難途上の安全性能は確かめないことになっています。告示510号を作成した担当者は、設計者には防災計画の基本知識があり、第一次安全区画とすべき廊下に面する扉は当然防火設備とした上、廊下に排煙設備を設置するだろうと考えていたのかもしれません。

廊下での階煙降下時間を確認してみます。

出火室 Ts.room Ts.route 煙降下時間 煙降下時間計算対象室
物入 0.0827 0.2433 0.3260 廊下
休憩室 0.2482 0.3648 0.6130 廊下
会議室 0.4447 0.3268 0.7715 廊下
社員食堂 0.5062 0.3100 0.8162 廊下

 
 出火室から廊下に漏煙が始まる時間(Ts.room)は非常に早く、煙発生量の100%が廊下に漏れ出すため廊下での煙降下時間(Ts.route)も非常に早くなります。また、前室の設置によって廊下の蓄煙体積が減少しているので現設計の階煙降下時間より短くなっています。これは、どこで出火したとしても廊下で煙に曝されしまい、前室まで避難できないことを示しています。
 この結果をみなさんはどのように思われるでしょうか。告示510号の検証方法に従っているので問題ないと言ってしまってよいのでしょうか。建築士の役割は単に決まりごとに従った設計をするだけではなく、法律の本質と欠点を見極め、真に安全な建物を実現することにあるのではないでしょうか。そんな理想論では商売にならないという声が聞こえてきそうですが、目先の利益のために人命を犠牲にしてはならないのです。

建築士法の第一条には以下のように示されています。

(目的)
第一条 この法律は、建築物の設計、工事監理等を行う技術者の資格を定めて、その業務の適正をはかり、もつて建築物の質の向上に寄与させることを目的とする。

どのように行動するかはあなた次第です。

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参考資料

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