(15)コスト削減のみを狙った設計に未来はない
2023/12/01
現在、設計ルートは、仕様設計(ルートA)、避難時間判定法(ルートB1)[以下、ルートB1]、煙高さ判定法(ルートB2)[以下、ルートB2]、大臣認定(ルートC)の4種類が利用可能で、選択するのは設計者です。これらの中で、特にルートB2は、ルートB1の問題点が是正され、より安全な建物の設計に誘導される優れた検証方法です。
しかし、比較的簡単に検証作業が行えるルートB1と、複雑な計算作業が必要とされるルートB2が併用されている現状で、わざわざルートB2を選択する人は少ないでしょう。いくら防災設計の基本理念に則り火災安全上優れている方法だとわかっていても、設計者の大多数はコスト削減を目標としたその場しのぎの対応で済ませざるを得ないからです。
ルートB2が施行されて数年が経過しますが、未だに利用は拡がらないようです。本原稿執筆時点で公的な解説書も発行されておらず、大半の検査機関で審査の受付もされない状況です。ルートB1を廃止し、ルートB2への移行するとの明確なアナウンスはありませんが、避難安全検証法の未来を担う優れた検証法ルートB2が放置されるはずがありません。おそらく今は移行期間に進むための準備期間なのだろうと考えています。
安易な前室設置による検証はルートB2では成立しない
コラム(14)では、ルートB1で階検証の安全性能を確認できるようにするために階出口の手前に前室を設置する対策の危険性について解説しました。今回は、この前室設置対策がルートB2ではどのような結果になるかを確かめます。
コラム(14)で解説した計画とルートB2での検証結果を示します。
室名称 | tstart(room) | tpass(room) | tescap(room) | Zroom | 判 定 |
会議室 | 0.3686 | 0.3975 | 0.7661 | 1.800 | OK |
社員食堂 | 0.3686 | 0.2766 | 0.6452 | 1.800 | OK |
休憩室 | 0.2495 | 0.1913 | 0.4408 | 1.800 | OK |
階避難安全検証結果
火災室 | Tstart(floor) | Tpass(floor) | Tescape(floor) | 火災室隣接部分 | Zfloor | 判 定 |
会議室 | 3.3686 | 1.1027 | 4.4713 | 社員食堂 | 1.800 | OK |
廊下 | 0.000 | NG | ||||
社員食堂 | 3.3686 | 1.1027 | 4.4713 | 会議室 | 1.800 | OK |
休憩室 | 0.000 | NG | ||||
廊下 | 0.000 | NG | ||||
休憩室 | 3.2495 | 1.1027 | 4.3522 | 社員食堂 | 0.000 | NG |
廊下 | 0.000 | NG | ||||
物入 | 3.1605 | 1.1027 | 4.2632 | 社員食堂 | 1.800 | OK |
休憩室 | 1.800 | OK | ||||
廊下 | 0.000 | NG |
居室検証は安全性能が確認できました。ところが、階検証の結果は安全性能が確認できません。それはなぜか。ルートB1では、避難途上の煙降下の確認を行わないため、避難途上で煙に曝される危険性を問題点として指摘しました。ルートB2では、その問題点が是正されているためです。つまり、この計画に問題があることが示されています。
ルートB2では、出火室毎に階避難完了時間を求め、階避難完了時に出火室隣接部分の煙高さが、避難が困難とされる1.8m未満にならないことを確認します。出火後の経過時間が同じであれば出火室隣接部分の先の室の煙高さが出火室隣接部分よりも低くなることはありません。よって階避難完了時に出火室隣接部分を煙に曝されずに通過できれば、その先でも煙に曝されないと判断します。ルートB2は非常に優秀で、複雑な平面計画の建物の検証も簡単に行えます。検証結果は避難者の居る室と煙高さとの比較ではないので、避難途上それぞれにどの程度余裕があるかまでは示されないものの、避難途上の経路も含めた安全性能の確認ができます。
では、前室を設置せずに安全性能が確認できるようにした計画ではどのような結果になるのでしょうか。もう一度、コラム(14)の解説で用いた計画とルートB2の結果を示します。
室名称 | tstart(room) | tpass(room) | tescap(room) | Zroom | 判 定 |
会議室 | 0.3686 | 0.3975 | 0.7661 | 1.800 | OK |
社員食堂 | 0.3686 | 0.4149 | 0.7835 | 1.800 | OK |
休憩室 | 0.2495 | 0.2667 | 0.5162 | 1.800 | OK |
階避難安全検証結果
火災室 | Tstart(floor) | Tpass(floor) | Tescape(floor) | 火災室隣接部分 | Zfloor | 判 定 |
会議室 | 3.3686 | 1.1155 | 4.4841 | 社員食堂 | 1.800 | OK |
廊下 | 1.800 | OK | ||||
社員食堂 | 3.3686 | 1.1155 | 4.4841 | 会議室 | 1.800 | OK |
休憩室 | 0.000 | NG | ||||
廊下 | 1.800 | OK | ||||
休憩室 | 3.2495 | 1.1155 | 4.3650 | 社員食堂 | 0.000 | NG |
廊下 | 1.800 | OK | ||||
物入 | 3.1605 | 1.1155 | 4.2760 | 社員食堂 | 1.800 | OK |
休憩室 | 1.800 | OK | ||||
廊下 | 1.800 | OK |
居室検証は安全性能が確認できました。しかし、階検証の結果は安全性能が確認できません。原因は、社員食堂で出火した時に休憩室が避難経路になっていることと、休憩室で出火した時は社員食堂が避難経路になっていることです。対策として、社員食堂と休憩室の間に設置されるD3を10分間防火設備にして煙の伝播を抑えます。他の部分については、ルートB1での対策が有効です。コラム(14)で説明した火災室から廊下に通じる扉を防火設備にする必要性が確認できると思います。
また、ルートB2の検証では、ルートB1では利用できない10分間防火設備の利用が可能です。しかも煙発生量の算定方法が定常火災ではなく成長火災になったため、ルートB1と比較し火災初期の煙発生量が少なく算出されます。よって排煙設備を削減できる可能性が高くなり、結果として、この計画の防火設備1号の開口部は全て10分間防火設備、廊下を無排煙とすることが可能となります。
ルートB2に最適化した計画と検証結果を、以下に示します。
室名称 | tstart(room) | tpass(room) | tescap(room) | Zroom | 判 定 |
会議室 | 0.3686 | 0.3975 | 0.7661 | 1.800 | OK |
社員食堂 | 0.3686 | 0.4149 | 0.7835 | 1.800 | OK |
休憩室 | 0.2495 | 0.2667 | 0.5162 | 1.800 | OK |
階避難安全検証結果
火災室 | Tstart(floor) | Tpass(floor) | Tescape(floor) | 火災室隣接部分 | Zfloor | 判 定 |
会議室 | 3.3686 | 1.1155 | 4.4841 | 社員食堂 | 1.800 | OK |
廊下 | 1.800 | OK | ||||
社員食堂 | 3.3686 | 1.1155 | 4.4841 | 会議室 | 1.800 | OK |
休憩室 | 1.800 | OK | ||||
廊下 | 1.800 | OK | ||||
休憩室 | 3.2495 | 1.1155 | 4.3650 | 社員食堂 | 1.800 | OK |
廊下 | 1.800 | OK | ||||
物入 | 3.1605 | 1.1155 | 4.2760 | 社員食堂 | 1.800 | OK |
休憩室 | 1.800 | OK | ||||
廊下 | 1.800 | OK |
ルートB2では、ルートB1と比較して防災計画の基本理念に則り、且つ設計に大きく影響することなく、安全性能が確認できることがご理解いただけたと思います。
居室検証は煙温度が重要
今回の計画では、天井高さはルートB1での安全性能確認に最低限必要な高さに設定しました。このままルートB2の検証を行っても特に問題は生じませんが、居室検証ではルートB1の検証と大きく異なる点があります。
定常火災で計算を行うルートB1では出火初期から煙発生量が大きく、面積が小さく蓄煙体積の小さい室ではその影響が大きいため居室検証が成立しにくくなります。そのため天井高さを意匠上必要な高さ以上にしなくてはならなかった経験があると思います。
それに対し、ルートB2では、煙温度と避難完了時間の関係を確認することによって煙高さが算定できるように是正されています。そのおかげでルートB2はルートB1と比較して避難完了時間が短い居室での安全性能が確認しやすく、天井高を低くすることが可能です。例に示した計画では建築基準法で定める最低天井高さである2,100mmまで下げても安全性能は確認できます。(添付ファイルでご確認ください)
避難完了時間が短い居室では、煙温度の上昇が小さく安全性能が確認しやすくなることに対し、避難完了時間が長い居室では、煙温度の上昇が大きく、安全性能の確認は難しくなります。以下の例では、ルートB1では居室検証で安全性能の確認ができます。ところがルートB2では煙高さは0mとなり安全性能の確認はできません。
原因は、避難完了時間が長く、煙温度が180℃を超えてしまうためです。唯一有効と考えられる対策は、避難完了時間を短くすることです。
扉を2ヶ所追加することで避難完了時間が短縮され、安全性能が確認できました。(添付ファイルでご確認ください)
※ルートB2の検証の詳細については改めて解説します。
煙高さ判定法(ルートB2)への移行を見据えた設計が必要
以上、ルートB1とルートB2での結果の違いについていくつかの例を使って紹介しました。この他にも、ルートB2ではルートB1の問題点の多くが是正されています。(コラム「(3)避難時間判定法(ルートB1)と煙高さ判定法(ルートB2)を徹底比較」をご参照ください)
ルートB1で辛うじて成立していた防災計画の基本理念を無視したような設計した計画は、移行期間が終了すると全て既存不適格となるでしょう。そうなると、確認申請が必要な増築や改装が行えなくなってしまうばかりか、危険な建物を生み出すことになってしまうのです。ルートB1で申請する場合であっても、コスト削減だけを狙ったその場しのぎの検証ではなく、将来を見据えてルートB2での確認も行うことこそ、設計に携わる者の責務であると思います。
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