Column避難安全検証法使いこなし術

(52)大阪・関西万博と避難安全検証法

2025/07/15

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万国旗 会場外駐車場で弊社撮影

 2025年大阪・関西万博については、施設建設工事の遅延など、開催前から注目を浴びていましたが、無事に開幕し、連日多くの来場者で賑わっているようです。最先端の技術を体験できる展示内容はもちろん、様々な施設や世界各国の個性的なパビリオンも大きな見どころです。今回は、大阪・関西万博を彩る建築について、避難安全検証法の専門とする設計士の立場から考察してみます。

タイプAは排煙の適用除外が前提?

 今回の万博で株式会社九門は、縁あって2棟の海外パビリオンについて、避難安全検証法(ルートB1)の検討および申請支援を行いました。
 海外パビリオンは主として4つのタイプに分類されます。

 ・タイプA:参加国が自国で設計・建設
 ・タイプB:日本側が建設した建物を個別に利用
 ・タイプC:日本側が建設した建物を複数の国が共同で利用
 ・タイプX:日本側が代行建設した簡易型建物を利用

 中でもタイプAは、各国が自国で意匠設計を行うため、特徴的かつ複雑な外観デザインが多く、曲面も多用される傾向にあります。そのため、自然排煙窓の設置が極めて困難であり、多くの場合、機械排煙または排煙設備の適用除外を得るために「避難安全検証法」の利用が必要となります。私たちが携わった2つの海外パビリオンもタイプAで、いずれも意匠上の理由から自然排煙窓の設置が困難であり、機械排煙の採用も設計上避けたいとのことでした。会期が半年と短いため、建築コストも極力抑える必要があり、避難安全検証法を利用することとなったのです。
 当初私たちは、避難安全検証自動計算システムSEDを用いれば問題なく検証が成立するものと考えたのですが、万博特有の課題に直面することになりました。

・避難安全検証法(ルートB1)が利用可能な空間か
 避難安全検証法(ルートB1)が想定している範囲を超える空間にどう適用するかが問題でした。本来であれば大臣認定を取得すれば適用可能ですが、申請期間確保が困難でした。とはいえ、建物の意匠を変更するわけにもいかず、避難安全検証法(ルートB1)で安全性能を確認する必要がありました。

・不燃内装材の問題
 居室の煙降下時間を遅らせるために、不燃内装にする必要がある室がありましたが、使用を希望された自国の材料は日本での不燃認定を取得しておらず、「その他」扱いとなってしまいました。日本の法令上で不燃材料として認められる必要がありました。

・防火設備の問題
 煙の伝播を抑えるため、防火設備に該当する建具の設置も必要でした。しかし、ここでも自国製の建具は日本での防火設備認定を受けておらず、「その他」とされてしまいました。

 最終的にこれらの課題は、関係者の努力によりクリアできましたが、タイプAパビリオンの設計に関わった設計者は同じ問題に直面したと思います。パビリオン建設の基本仕様に、あらかじめこれらの問題に対する方針が示されていれば、もっとスムーズに設計が進んだと思います。

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EXPO 2025 大阪・関西万博 公式HPより引用

タイプB・Cは排煙設備を設置

 タイプAは意匠やコストの観点から避難安全検証法が積極的に用いられましたが、日本側が設計・建設したタイプB・Cのパビリオンは、排煙設備が設置されているようです。EXPO 2025 大阪・関西万博 公式HPに公開されている「パビリオン タイプC(共同館方式)に係るガイドライン」に示されている設計図には、500㎡毎の防煙区画と自然排煙窓が設置されています。
 これらの建物は、天井高さが7,000mm以上あり、出入口も多数設置されており、弊社で検証実績がある一般の展示施設と類似しています。技術的には避難安全検証法(ルートB1)の適用が十分可能であり、コスト削減も期待できたはずですが、何らかの事情により適用は見送られたようです。
タイプB・C.jpg

EXPO 2025 大阪・関西万博公式HP
「パビリオン タイプC(共同館方式)に係るガイドライン」より引用

フードコートは排煙設備を設置

 民間企業が建設する場合、避難安全検証法の適用は、ほぼ必須といえる用途の建物ですが、万博のフードコートでは排煙設備が設置されています。公式HPの「営業参加 募集要項 別冊【フードコート】」掲載された設計図には、500㎡毎の防煙区画と自然排煙窓が設置されています。
 私が実際に現地を訪れた印象では、避難安全検証法を適用しなかったのではなく、適用できなかったのではないかと思います。特に2階建てのM棟では、2階に一時退避できる十分なスペースがなく、検証を行うまでもなく利用は難しいと思います。一方で、平屋建てのフードコートであれば、避難安全検証法を適用できる可能性は高いと思われます。
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EXPO 2025 大阪・関西万博公式HP
「営業参加 募集要項 別冊【フードコート】」から引用

 平屋建てのH棟の設計図を用いて検証を試みた結果、以下の通り、十分な余裕をもって安全性能が確認できました。

H棟.jpg

 万博という特殊性を考慮して、在館者数、歩行速度は通常のフードコートより厳しく宴会場同等として設定します。

検証条件
フードコート:1.5/㎡ 240MJ/㎡ 歩行速度30/分 CH3,000
厨房:0.125/㎡ 240MJ/㎡ CH2,700
フードコート・厨房は欄間開放により1室とみなす

結果表

避難開始時間 歩行時間 出口通過時間 避難完了時間 煙降下時間 判 定
1.0229分 0.6487分 1.0557分 2.7273分 4.1278分 OK

 現地では、2階に大きな屋外デッキが設置されたフードコートも確認されました。M棟も設計初期段階から避難安全検証法を意識していれば適用できた可能性があると考えられます。

避難安全検証法の利用拡大へ向けた提言

 2025年大阪・関西万博では、避難安全検証法は、排煙設備の設置が困難な意匠建築に対して採用されました。一方で、排煙設備の設置が容易な単純な構造の建物では適用されませんでした。設計者それぞれの判断によるのでしょうが、そこに共通して感じられたのは「仕様設計で対応できなかったから検証法を使う」「問題がなければ使わない」といった消極的な姿勢でした。
 避難安全検証法は、防災計画を考慮した設計を可能にする有力なツールです。万博のように多数の来場者が訪れる施設でこそ、もっと積極的に採用されるべきだと考えます。今回は避難安全検証法の利用拡大へのまたとないチャンスであったにもかかわらず、消極的な理由での利用にとどまってしまったことは残念でなりません。これから大阪・関西万博会場を訪れる機会があれば、ぜひそういったことにも思いを巡らせてみてください。

 株式会社九門が開発したSEDは、避難時間判定法(ルートB1)の検証で入力したデータを、検証方法を切り替えるだけで煙高さ判定法(ルートB2)でも検証可能です。データの入力はCAD感覚で簡単です。ぜひ、30日間無料トライアルをお試しください。

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