(41)SED開発ストーリー
2025/02/01
これまでこのコラムでは、主として避難安全検証法の解釈や適用に関して述べてきました。ここからは、弊社が開発・販売している避難安全検証自動計算システム「SED」について詳しく解説していきたいと思います。
今回は、SEDがどのように生まれ、製品化したのか、そして、今後どの方向に進んでいくのか、開発の経緯とSEDに込めた思いをお伝えします。
法規チェックに翻弄される日々
今から30年程前、私はゼネコンの企画設計部に所属し、様々な基本計画を作成して顧客に提案する、半分営業のような仕事をしていました。集合住宅、工場、倉庫、事務所、ショッピングセンター、公官庁施設、時には地下鉄の駅舎や核シェルターまで、あらゆる施設の設計に関わりましたが、どれも設計方針が決まるまで、何度もプランを変更し、そのたびに法規チェックが必要でした。特に、建設地や用途に応じた規制に対応するのは非常に大変で、集団規定の建蔽率、容積率、斜線制限、日影規制、単体規定の歩行距離や採光、排煙、総合設計の空地率など、最大効率を目指し、充足率は限りなく100%消化、必要な設備は最小限に抑えることが求められました。
膨大な法規チェックに追われる中で、私は、当時普及しつつあったCADデータを活用し作業効率を上げられないだろうかと考え始めました。建築基準法が求める基準は数値に基づいています。当時のCADで扱えたのは単純な線分データ程度でしたが、そこから長さや面積、数量等、必要な数値を抽出し、データベース化した建築基準と照らし合わせることで法規チェックが可能ではないかと考えていました。
法律を計算するソフトの誕生
2000年(平成12年)、私は独立を果たし、新しい世界に飛び込もうとしていました。そして同じ年、避難安全検証法が施行されました。建築雑誌などでは「仕様設計は次第に無くなり、避難安全検証法が主流になる」と歓迎ムードの予測がなされていました。しかし、避難安全検証法の内容を見た私は、その複雑さに驚きと不安を覚えたことを今でも鮮明に覚えています。建築業界では、Excelシートを利用して対応する試みも始まっていましたが、設計図から数値を取り出し、それを基に計算して比較するという作業の繰り返しは、たいへんな手間暇がかかります。ゼネコン企画設計部で試行錯誤を重ねた辛さを知る私は、専用ツールの必要性を強く感じました。
ちょうどその頃、私は、土木・建築分野でのコンピュータ利用の可能性を模索しているソフトベンダーと出会いました。これは千載一遇のチャンスと、胸中で温めていた避難安全検証法を計算するツールを提案したところ、採用され、開発に必要な基本設計書の作成を任されたのです。この時、最も苦労した点は、建築基準法をシステムエンジニアに理解できるように説明することでした。また、この議論の中で避難時間判定法の問題点がいくつか明らかになり、どのような結果を出力すべきか苦慮しました。
ちなみに開発に参加したソフトは、ご存じの方もおられると思います。避難安全検証計算ソフトAvoid(アヴォイド)[開発・製造・販売 株式会社ビーイング]です。建築意匠系の法律を計算するツールとしては、JW_CADの日影図作成ソフトに次ぐ、画期的なツールだったと思います。
ソフト販売からコンサルティングへ
建築雑誌などの予想に反し、避難安全検証法が急激に広まることはありませんでした。開発に参加したご縁で、私はしばらくAvoidの販売代理店をさせていただいておりましたが、残念ながらビジネス的には成功したとは言えませんでした。
ところが、販売活動を通じて「ソフトは購入しないが、計算だけを代行してほしい」という要望が多く寄せられるようになりました。事情を聞くと「これから避難安全の勉強をしてソフトを使い始めるような余裕はない、避難安全検証法を熟知した専門家に依頼しないと設計に間に合わない」とのことでした。そうした声をきっかけに、私は、避難安全検証法を中心とした防災コンサルティングを始めることになります。
運用初期の課題から新たな検証ツールの開発へ
避難安全検証法が運用開始されて間もない段階では、申請に必要な計算書様式が明確になっていませんでした。そのため、Avoidでは、XML形式で出力される計算結果をユーザーが自由な形式に印刷出力できました。そこで私はExcel VBAを使ってXML出力をExcel形式の帳票に変換するツールを開発し、コンサルティングに利用しました。
そうやって作成した申請書を検査機関に提出すると、予想以上に多くの質疑がありました。計算自体は正確に行われているにもかかわらずです。その原因のほとんどは、審査者が計算書を十分に理解できていなかったことでした。また審査者自身も避難安全検証法にまだ不慣れであったため、告示で求められていない計算を要求されることもしばしばで、その対応に追われて業務は滞ってしまいます。
審査者が計算結果を正確に読み取り理解できるようにして、少しでも質疑を減らそうと、私は出力フォームの改良を進めました。その結果、徐々に質疑の数は減り、審査対応もスムーズになり、業務の効率化を進めることができました。
こうした改良と対応を積み重ね、コンサルティング事業は順調に拡大していきました。そして10年以上の実績を重ね、それらの経験から得た知識とノウハウを活用すれば、検証ツール自体をより効率的に改良できると感じるようになりました。加えてAvoidは売上げ不振から販売の中止が決定し、新たな検証ツールを内製化する必要に迫られました。そこで、SEDの開発が始まりました。
業務の効率化を最優先した検証ツールSED
SEDは、当初、自社専用の検証ツールとして開発されました。コンサル事業で培ったノウハウを活用し、さらに検証作業の効率を上げるべく、目標としたのは以下の項目でした。
①作業者の作業量を減らせる入力サポート機能
簡単にデータ入力できるよう、わかりやすく自由に編集可能なインターフェースを目指しました。データの精度を保ちながら、煩雑な作業を自動化し、作業効率を向上させるための入力サポート機能を実装します。
②データの一括管理
避難安全検証に必要なすべてのデータを一元管理することで、複数のソフトやツールを使い分ける必要がなくなり、作業の手間やミスを低減させることができます。
③告示に定められた検証方法に対応
避難安全検証法に基づくすべての計算手法に対応し、法令に準拠した計算結果を出力します。
④イレギュラーな計算にも対応
実際の設計においては標準的な検証方法では対応しきれないケースもあります。SEDでは、階煙降下時間を指定した室で算定する等、告示に定められていない検証計算にも対応しています。
⑤検証結果を分析しやすい表示
単なる計算結果の表示に留まらず、分析しやすい形で可視化する機能が備わっています。これにより、設計者は検証結果を直感的に評価することができます。
⑥申請書の自動作成
これまでのコンサルティングノウハウを活用し、申請書類を自動で作成する機能を搭載し、設計者が申請書作成にかかる時間と手間を大幅に削減できるようにしました。
⑦計算書の自動作成
計算結果を基に、計算書を自動作成できる機能を実装しました。これにより、手作業で計算書を作成する負担が軽減し、転記ミス等の発生も抑えられます。
⑧検証図面の編集と出力
SED内で避難安全検証に必要な図面を作成・編集し、Excel形式の帳票に直接出力することが可能です。これにより、CAD等を使用する必要がなく、全ての作業がSED上で行うことができます。
⑨Excel形式での申請書出力
申請書や計算書をExcel形式で直接出力する機能により、使い慣れた形式で書類を整え、さらに編集も可能です。
社内専用でしたから、見た目の良さやスマートさではなく、作業効率が最優先、実際の業務での使い勝手と操作の簡便化に特化した実務的なツールとして開発を進めました。
SEDが気付かせてくれた問題点
避難安全検証法を用いた設計やその運用に携わりコンサルティングを進める中で、私は様々な問題点や課題に気付いていました。さらに、自動化を進めたSEDによって作業効率が大幅に向上し、多くの案件に対応できるようになると、避難安全検証法に対する理解が深まり、その課題について考察する機会も増えました。ここでは3つの立場から、それぞれが抱える問題点を取り上げます。
検証法の問題点
最大の問題点は、避難時間判定法は、必ずしも、施行令に定める基準を満たす検証方法ではないことです。建築防災計画の基本を満たした上で利用しないと、避難途上に煙に曝されかねない非常に危険な設計となります。しかし、設計者の中には、この問題を見過ごすばかりか、むしろこれをコスト削減のための「抜け道」として利用し、結果として危険な設計を行うことを「設計上の工夫」と考えている者も少なくありません。
尚、煙高さ判定法ではこの問題点は是正されています。しかし、煙高さ判定法は避難時間判定法と比較して煙伝播に関して厳しく判定されるため、どちらも利用が可能である状況では、わざわざ煙高さ判定法を選択する設計士は少ないだろうと思われます。
設計者の問題点
コンサルティングを依頼する設計者の多くは、避難安全検証法をコスト削減の手段としてしか考えておらず、安全性能についての意識が低いことを痛感します。検証計算は単なる手続きとみなし、設計作業の中で重要な部分と捉えていないから、全ての作業を外注業者任せにすることが多いのでしょう。
また、避難時間判定法の問題点を指摘しても、確認申請が通れば十分だと考え、安全対策にコストをかけようとしない設計者がいかに多いことか。中には、仕様設計で、検証計算書さえ作成すれば多くの項目の適用除外が受けられると考えている設計者すら少なくありません。さらに残念なことに、このような設計者のニーズに対応する業者も現れています。
審査者の問題点
一部の審査者は、悲しいことに、避難安全検証法に対する理解が不十分です。その結果、適切な指導がされず安全性能を損なう事例が発生しています。避難安全検証法の基本すら理解不十分な状態で審査が行われると、本来の安全性を重視した設計が否定され、結果的に建物の安全性を低下させてしまいます。また、審査者の不適切な指導は、審査の過程で設計者の心を砕いてしまいます。真摯に安全性能に取り組もうとしていた設計者も、正しい方向性での設計を行う意欲が削がれ、やがて安全性能についての意識が薄れ、短絡的なコスト削減の手抜き設計が横行する原因にもなりかねません。
これらの問題点の解決には、それぞれに対し以下の取り組みが必要と考えています。
・検証法の改善と適切な運用
・設計者の意識向上
・審査者の理解促進
避難安全検証法の本来の目的である「建物の安全性能の向上」を達成し、社会全体の防災意識を高めるために、これからもSEDを通じて働きかけていきたいと思います。
建築士本来の使命を守るSED
現代の設計業界では、意匠設計者がデザイン以外の業務を外注することが一般的になりつつあります。その流れの中で私たちは、SED(避難安全検証自動計算システム)を通じて建築士の役割を再確認し、本来の使命である「安全性を担保した建築設計」に立ち戻ることを目指しています。
この半世紀、建築士の業務は非常に多くなり、外注事務所に頼らざるを得ないのは実情でしょうが、そのマネジメントをすることだけが建築士の役割ではないはずです。建築士の業務は、意匠デザインを超え、周囲の環境、省エネ、そして建物全体の安全性を確保することにあります。特に建築防災設計は建物計画の一環であり、非常に重要な部分です。この業務を外注してしまうと、建築士は単なるデザイナーと化し、建物全体の管理やリスク評価の責任を果たすことが難しくなります。これは建築士本来の姿と言えるでしょうか?
避難安全検証法の普及に伴い、多くの設計者がその計算や検証業務を外注するようになりました。その支援がより安全な建物の建設に繋がると考えて始めた防災コンサルティングですが、多くの設計者にとって私たちは避難安全検証法の計算代行業者に過ぎず、建築の安全性能向上には繋がっていないと感じるようになりました。そこで、社内ツールとして開発したSEDを、設計者自身に使っていただくことで彼らの防災スキルの向上につなげたいと思い、一般向けに改良を加え販売することにしました。できるだけ多くの設計者に届き、建築防災計画の理解を進め活用していただけるよう、低価格での発売を実現しました。
前述の通りSEDは社内ツールとして開発されたため、操作方法や機能の説明が不十分で感覚では扱いにくいところもあるかと思います。付属のリファレンスマニュアルとチュートリアルは基本的な操作方法の説明に重点を置いているため、機能の活用方法についてはユーザーのみなさまからいろいろなご質問をいただいております。今後も、そうしたご意見、ご質問を積極的に取り入れ、引き続き改良を重ねてまいります。
建築士の役割を再確認し、本来の使命である「安全性を担保した建築設計」に立ち戻るために、SEDが建築士の最後の砦となることを、心より願っております。
次回よりこのコラムでは、SEDに関してご質問の多い事項を中心に、操作方法はもちろん、より便利な機能を最大限に活用するためのコツや技法についても詳しく丁寧な解説を連載します。どうぞご期待ください。
株式会社九門が開発したSEDは、避難時間判定法(ルートB1)の検証で入力したデータを、検証方法を切り替えるだけで煙高さ判定法(ルートB2)でも検証可能です。データの入力はCAD感覚で簡単です。ぜひ、30日間無料トライアルをお試しください。
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